スケッチ

2006年07月18日

グライダア

木漏れ陽が風を受けて揺れている
手かざした先の太陽は、柔らかく微笑んでいるかのようだ
期待に胸が、ドンドン膨らんできた

早みゆく足並みに、早くも手の中のグライダアが
グライダアの翼が空気抵抗の中で踊っている
その手応えが あまりにも愉快で
愉快でたまらなくて走り着いた河原

背高い緑が広々となびいている
キラリ、キラリと光放ちながら

さあ、君の出番だ

手放ったグライダアは、それはそれは素晴らしく
素晴らしく素晴らしい滑空を続け、
やがて遥に浮かぶ雲目掛けて滑空し続け始めた

揺れる翼とグライダア・・・

今、君は飛んでいる
消え行くために飛んでいる

翼は飛ぶためにあったのか
翼は消え行くためにあったのか

分からぬままに陽は傾き、土手の風を受けながら
グライダアは翼なのか翼がグライダアなのか
翼のないグライダアは何処に向かうのだろう、と考え続けた

そして気付いた時には夕陽に向かい、
きっと、それはそれは見えぬほど小さいに違いない自分の後姿を想い浮かべながら
何か愉快な気分で空気抵抗の中を進んで行った

2006年07月03日

ライオン・キング

現役を退いて数年の父は、母のキツイ言葉にも柳に風と成り行くことも多くなり。
それでは済まぬのか「・・・ねぇ?」と息子に振られても困る。
「夫婦のことは子供でも分かりません。
 故に私目の意見は控えさせて頂きます。」
と早々に退散するばかりである。続き、こちらにおります

2006年07月02日

丘の上では目を閉じて

強く握り過ぎたから 私の指先は少し痺れて
だのに彼方は振り返りもせず息を切らせ
丘に行こう、素敵な丘に!
続き、こちらにおります

2006年07月01日

愛しています、今でも

連なり たゆたう 木陰
光 滑らかにして煌めき

時同じくして 好むままに綾織り
好むままにして 流れ同じくし

岩を撫で うおを愛で
冷たく仲間を増やし 穢れた仲間を加え

時に仲間を蒼天に召し上げられ
時に仲間を地深く引き込まれ

何処へ 何処へ 何処へ・・・

皆で問い合い続けているのに
こんなに永く問い合い続けているのに

誰も答えを知らない
誰も答えを見つけられない

今日もまた 木陰は揺れている
今日もまた 光は煌めいている

2006年06月07日

陽廻り

夜遅くまでゴソゴソとしていると 早起きは厳しいものです
布団を這い出した私を 世の中の全てがパチリとした目で見つめてます
そんな目で見つめられると 私は一体、何をしたら良いのか戸惑ってしまうのです
続き、こちらにおります

2006年03月09日

紙虱

妹と二人、ある時は父の背に乗り、ある時は腹上に抱かれ、
遠い記憶にある父は、いつも本を片手にしていた。
印刷会社に勤務していた父は、様々な余本を持ち帰っても来てくれた。
といって、父が高尚なものを手にしていたわけではない。続き、こちらにおります

2006年03月01日

銀河マティニ

扉が重いのは何も高級素材を使っているからとは限らない。
蝶番が古くなれば、それだけで重くもなる。
扉の上で捲り返った薄板がプランプラン。
デザインに凝った取っ手もメッキは剥げる。続き、こちらにおります

2006年02月28日

更ナ日記

朽葉とて 踏み砕かれるとは よも想わじに

解題)
作者が歩いている最中に踏み砕いた朽葉も、青々と茂っていた頃には、このような身にやつすとは想わなかっただろうに、との意。
参考:恋せよ乙女、花の命は短くて

蒼穹の刃

確かに嵐は、月のせいじゃない

それでも右の指先を陽の方に伸ばすと、
急速に鋭くなったやいばは未だ深き闇高く、
それは高くに切り込むのさ続き、こちらにおります

2006年02月16日

散り、散り

足音を忍ばせてトイレに向う途中
 静かに静かに周囲を暖めるランプがポツンと

裸電球を安っぽい薄紫のガラスで包み
 どこの工場で量産されたものだろう続き、こちらにおります

2006年02月14日

蛍火

スン、スンと光跡が交差する
月のない静謐な夜でした
星もない静謐な闇でした

天地も危い闇穴に
それでも立っていられるのは
なんとも不思議な気持ちがします続き、こちらにおります

2006年02月13日

はる

すこし あたたかくなってきました
ぽかぽかの おひさまは いいきぶんです

どうろも あたたかくて きもちよさそうです
ごろんとねたら ねてしまいそうです続き、こちらにおります

2006年02月12日

踏み切りの傍に咲く

昭和40年代の板橋というと想い出に残る人すら少ないらしい。
今では賑わう高島平にようやく路線を伸ばした都営三田線も、当時は地下からようやく這出た車両の休憩場として森閑とした駅にポツリと泊まるだけであった。
その一つ手前に西台という都営団地を擁した駅があり、我が祖父母の終の住みかは、新都市の不思議ないびつさを幼心に残したものである。続き、こちらにおります

2006年01月27日

選択のない選択

メダカやらヌマエビを飼ってる関係で、貝の処分を時折する。
厳密には貝は大きく二種類いて、サカマキガイとインドヒラマキガイである。
インドヒラマキガイは意外と高価でもあり、少々珍しかったりアルピノという色素に乏しい希少種が産まれたりで放置して飼ってるのだが、サカマキガイは扱いが異なる。

そもそも、ある種の貝というのは、よほど人間生活に馴染むらしく、ドブ川でもなんでも、その増殖度合いたるや物凄い。
一時期、原子炉の冷却水の吸込み口にクラゲが入ってきて敵わない、という記事が出たが、実際は貝の被害も酷い。

まぁ、酷さを列挙しても意味ないのだが、貝を処分しながら想った。
私が貝を処分するときには無作為抽出であって、処分、つまりや摘み出しやすいという一事だけで処分されていく。
奴らも逃げるという行動が見られるのだが、それには付き合ってはやれない。

しかし、もし、もしなのだが、
「オイ。オイラヲ何デ選ンデ処分スルンダ?」
と貝が問い掛けたら、どう応えよう?
神様よろしくスマシ顔で無視するのも一つではあるかもしれぬ。

が、どうもそういう心境にはなれそうにない気がする。

他は何も変わりはしない。
ただ、貝の問い掛けがあったら、の話である。

2006年01月24日

漆黒の風

今朝の風は、室内にいると、それと気付かないほど意外に強い。
唸り音をあげるほどの強さではなかったので、全くに気付かなかった。
窓外の電線の揺れが視界に入るまで。

風や空気というのは身近ながら不思議なものだ。
それらを直裁的に認めるのは難しい。
しかし「ない」とは言い難いし、あるのだろう。

彼らはいつも「そこにある」というよりも現象として自己主張するようだ。
電線や干し物を揺らし、現象を通じて、
「ホラホラ、フフフ・・・」
と不気味な意志を持って迫りくるあたりは、まるでホラア映画のようではないか?

ソレが希薄な存在であればあるほど、現象としての現れを求めるものなのかもしれない。
大抵の場合、希薄さに比例して現象に対する要求も煩いものだ。

現象がなくなれば、存在とは消えうせるものなのだろうか・・・

誰もいず、なにもない漆黒の中でも風は吹くのだろうか・・・

陽の光の中で干し物が揺らいでいる。
先程よりも微かではあるが。
干し物は、揺らいでいる。

2006年01月22日

久方の厚い雲は 冷を得て生き生きと蠢いている
それほどに待ち切れないほどだったのか 白粉をバラ撒くことが

 雲ノ役目ナド考エタコトモナイ

そんな矮小な奴等を振り向かせんがために
忌まわしいが助っ人を呼んだのかよ

流々いずれは千切れ失せる身も証は欲しいのか?

今、お前はいない
お前の嫌う彼の人の光臨だ

しかし

お前の白粉は お前の嫌う彼の人の恵みの中で
確かに鮮やかに生き生きとしてすら見えるのだよ

今のお前が何処かは知らぬが

確かにお前が存在(ゐ)たはずなのに

そんなことは忘れられて眩さの中に埋もれ始めつつ

2005年01月02日

夕寺

いつもの寺に着くと、既に陽は大きく傾いていた。
古い墓石、新しい墓石も、見られなければ同じ石か。

墓中にあれば枯葉の音も死を語り、
冷たい水を遠慮がちに墓石にかければ、
それでも乾きは癒えるのかと想い飛ぶ。

じいちゃん、ばあちゃん元気か?
なぞと嘯こう気にもなるのだ。
そも一体、草葉に語り掛けずに帰れようか。

気難しい線香も、風なく乾いた日には機嫌が良い。
天上に高く上ることもなく煙漂うばかりだが、
燃え煙れば、多少は心地良き気もしよう。

それやこれやをしていれば、
いやに早いなと烏が巣鳴きする。
見上げれば既に残り葉も緑を失い、
朱を交えてユラリ漂っているではないか。

続く堂の屋根も朱塗られているのを見れば、
きっと私も朱顔なのだろう。
そうとはいえ、夕空を眺めても夕空は私を見はしまい。

幾死を夕空は照らしてきたのか。
幾生を夕空は照らしてきたのか。

黙ったままの夕空に、白い堂壁がやけに張り切って応えている。
やがては棚引く夕雲も、どこぞのヤッコに宿るのか。
宿り宿りて またぞ夕雲に戻るのか。

まっく記 at 23:38 記事全文
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布団

どこからともなく高い音は響くも静かな夜には、
ランプに照らされたアスファルトが縮こまっている

遠近の灯りは楽しげに見えるものの
足裏から上がった冷えで腰までが鈍い

そろ悲鳴を上げた猫背を勇気を振り絞って伸ばせば
透明な空気を響かせて、星は光る

幾千光年の果ての劫火の光も凍てつくばかり
集い照らす路地も儚く闇を開き
視力を飲み込まれて眩暈するばかりとは

たどり着く階段の響きすら耳に痛く
急にシンとする人ざわめきに現実を知り
氷割りを共にした靴と足は別れを惜しみ痛む

点す蛍光管はチカチカと挨拶はするけれど
自分の役目に徹し始めると相手もしてくれぬ

主のみの孤独な部屋に暖も中々には行き届かず
見知らぬ人々の喧騒を電波越しに耳しつつ
黙然と炎を眺めるしかない

朝になればと想い、寝具をめくれば
空腹の身を燃やせと せっつく

暖かい夢は こうしてこそ生まれるのかもしれぬなどと
誰も付き合わぬ一人ごちを聞かせられた今宵は
またも勝手に更けてゆく

まっく記 at 23:12 記事全文
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2004年12月27日

捨貝

メダカでも飼っていようものなら、
水槽にへばり付くモヤイガイに厄介な想いをさせられる。
一体、彼らはどこから侵入するのか。
気付けば何を飼っているのか分からぬ様相。

鎧に身を固めて水面を背面遊泳しながら、
健気に口をパクパクしては餌を横取っては増える。
苔をネメ尽くしながら増える。
水底の汚物を拾っては増える。

どこぞのアニメイシヨンでは、神話化した汚物浄化者。
汚物の全てを、その身中に留めるなど出来もせず。
浄化し切ることなぞ出来もせず。

ただ一介の生物としてヌメ動くばかりの闖入者。
その繁殖力には驚くが、ゆえに厄介な闖入者。
一つまみしては捨てる毎、
神話宿る身は奇妙な感触を残して萎みゆく。

まっく記 at 12:22 記事全文
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2004年12月17日

15:00のラーメン

何故か縁のある場所。
気付くと、何故かソコにいる場所。
私にとって、秋葉原はそんな場所。続き、こちらにおります

まっく記 at 23:13 記事全文
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2004年12月16日

静かで優しき宇宙

男は、夕暮れを背に、いつものホームで待っていた。
 ガタン カタン ゴトン コトン

電車に乗るや、いつものように腕組みをし、
身の安定を確保、早速に眠ろうかとして気付いた。
目を瞑る前と瞑った後の違和感?続き、こちらにおります

まっく記 at 21:36 記事全文
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2004年12月15日

ファサリとブローカー

電話の向こうから聴こえてくるものはいつもと同じ。
「○○××○○××」
あぁ、今回はFAXだ、今回はメールだ。続き、こちらにおります

まっく記 at 17:38 記事全文
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2004年12月13日

ドライ・フラワー

寒気に耐え切れず、空調の鈍い音を忍んでいる。
乾いた空気が喉から水分を吸い取り、吐き出し口を求めて部屋を漂う。続き、こちらにおります

まっく記 at 23:02 記事全文
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2004年12月07日

晴れた日には

晴れた日には、
特に夏の盛りを過ぎた秋の晴れた日には、
静かな森の水辺が美しい。続き、こちらにおります

まっく記 at 22:15 記事全文
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2004年12月04日

シケモクの朝

「やけにウルサイな」
なんて、目が覚めたら怠けた店のシャッターの前だった。続き、こちらにおります

まっく記 at 23:07 記事全文
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2004年12月01日

君と向ひて

「静かな夜ね」と君が言ふ
音楽はどうかと尋ねれば
「静かなものを」と御所望される
続き、こちらにおります

まっく記 at 21:03 記事全文
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2004年11月30日

ピンセット・デモン

ピンセットで抓むと、ウニウニと空中に滑った体をくねらせる。
やがて頼るべきなにもないことを悟ると、今度はわずかばかりの頼りと「自分を」抓んでいるピンセットに絡みつく。
続き、こちらにおります

まっく記 at 13:34 記事全文
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2004年11月29日

賑々森

足元から、横から、頭上から。
四方八方から、あるいは緑、あるいは茶と言葉にならない光が満ち満ちている。

「『しんしんもり』だよ」
その少年は、少し意地悪な笑顔で教えてくれた。
(なるほど、確かに)
続き、こちらにおります

まっく記 at 17:28 記事全文
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2004年11月25日

終わりのない光の中で

ゆらりと優しく白煌する光を見ては、いつも朝なんだなぁ、と思ってた。
優しさが力強さに変わり、一面が渦巻く白光となり、やがて穏やかな橙色を帯び始めては、ハと思うだに濃く紺へと染まって。
チラチラと、あるかなしかの寂し気な光も、揺らぎを得て友を増やしては楽しげに泡沫と消え。
続き、こちらにおります

まっく記 at 14:17 記事全文
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2004年11月24日

スケッチ文章

絵(画像)を描く人は、大抵、スケッチをする。
練習としてスケッチしている人も多い、というか、かなりの人はスケッチを通じて描写力を磨く。
それは、もはやスケッチと言えるのかどうかは分からないが。
続き、こちらにおります

まっく記 at 20:42 記事全文
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