2004年11月24日

スケッチ文章

絵(画像)を描く人は、大抵、スケッチをする。
練習としてスケッチしている人も多い、というか、かなりの人はスケッチを通じて描写力を磨く。
それは、もはやスケッチと言えるのかどうかは分からないが。


文章を書くときにも「描写」は大切な要素になると思うのだが、勉強不足だからかスケッチ的な練習をするというのは聞いたことがない。
構想とかプロット、登場人物のキャラクター作り、一般的な「読ませる(?)」文章みたいなものの練習は聞くが。

確かに「テーブルの上に赤いリンゴがありました」と言えば、それはそれで一場面を「描写」してはいる。
文脈に重きを置いている場合、個別の場面描写は確かに重要性が薄いかもしれない。

とはいえ、推理小説などで伏線としての場面描写が重要になったり、心理表現を託すなど、やはり文章でも「描写力」というのは重要な気がする。
何気ない一場面を切り取って文章で描写する力。
それは特に詩で重要になる。国語のお勉強的例では「俳句」だろうか?

五感で感じれないもの。
文章の表現も目指していくのは「そういう」領域だろう。

言葉でのスケッチ。
拙いところからでも書いていこうかと、思う。
スケッチ文章・・・聞いたこと、ないですね(苦笑)。

まっく記 at 20:42 記事全文
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スケッチ 

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この記事へのコメント

1. Posted by 亞   2004年11月25日 08:40
スケッチ文章

このネーミングも、いいですね!
2. Posted by 亞   2004年11月25日 08:41
遠い陽光の中に消し忘れられた落書

ってのも、いいじゃないですか!!

・・・・タイトルやネーミングばかり褒めてる?!(爆)
3. Posted by 回廊   2004年11月25日 09:52
なにげない描写ひとつに、複数の要素や気づきが含まれている場合がありますよね。そういうとき、小さな感動が起こります。私もどちらかというと、描写フェチです。
ひとつの描写で何かが表現できるというよりも、イメージの積み重ねでそれは可能になるのかなぁと考えていますが、しかしそのことを知っていることと、それが出来ることの間には、大きな隔たりが…(汗)

描写力でいえば、やはり私のなかでは大江様がいちばん上にいます。濃厚に提示できる技術屋で、その下地には、まっく様がおっしゃるような詩があると思うんですよね。なにしろ大江様は詩人になりたかったらしいので、読みの深さ(練習の深さ)が圧倒的に違うと思うんです、他の作家と比べて。この辺の事情が、「大江は読みにくい」と言われる所以だと思われますが、同時に、ここで分かることは、時代は描写を必要としていないという、ことなのかも知れないなと…。
「テーブルの上に赤いリンゴがありました」と、むしろそう書いて欲しいンじゃないでしょうかね。みんな忙しいし。ごく一部のフェチさん達だけが、ハマッた描写に遭遇して恍惚となる、みたいな(笑)
推理小説では、やはり横溝様でしょうか。ちょっとジャンルは違うかも知れないですけど、夢野様も恍惚となります。

あぁ、いっぱい書いてしまいました、すみません(汗)

4. Posted by まっく   2004年11月25日 14:17
回廊さんの言うように
「むしろそう書いて欲しいンじゃないでしょうかね。みんな忙しいし。ごく一部のフェチさん達だけが、ハマッた描写に遭遇して恍惚となる、みたいな(笑)」
そういう時代なのかもしれませんね(苦笑)。

大江さんは、個人的には読み易いです。
そのせいだったのかなぁ・・・?
正直、テーマは好きになれないですが・・・好き嫌い論は止めましょう(笑)。

映画やアニメでは次々と新しい「世界」が展開されてますが、文章の可能性を追求するより難しい面もあると思うんですけどね、本当は。

本の世界では「どこか(苦笑)」で、それが断ち切られてしまった気がします。

想うままに、遠慮なく、たっぷりとお書き下さいませ(^^)

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