2006年07月03日

紫煙の向こう側

自販機の前に立ち眺めると珍しいパッケージが目に入った。
キャメル色のソフトケースには、斜文字で「Captain Black」と刻まれている。
併せて「SWEETS」という装飾文字。

何度も期待しては裏切られた記憶を忘れ、ツイ、ボタンを押してしまった。
私は滅多に煙草の銘柄を変えない。
理由は至極、簡単で、銘柄を変えると体調も変わるから、である。
だから「そのときの自分の一本」は大事にしている。
して、少しく後悔はしたものの「ものは試してみなければ分からない」と自分に言い聞かせて早速の一服。
もちろん、あの味とは違うのだけれど、十分に満足出来る、いや、しても良いかな?と。

近頃では煙草の話をするにも憚られる。
私も自室ですら喫うことは稀である。
ましてや銘柄論議など、する人間も愈々、希少になってきた。

さて、「あの味」とは知る人ぞ、の「シルク・ロード」である。
現在、販売されているのは同名の葉巻のみである。
味は未だ試してないので分からぬ。

シルク・ロードは奇妙な煙草であった。
「チョコレート煙草」
それが友人、知人の共通の感想で、実際、火を着けると甘い香りが広がる。
故に、嫌煙家からすら、あまりイヤな煙ではないね、との言葉まであった。
そのシルク・ロードが何故に販売されなくなったのかは知らぬ。

が、私の永い喫煙人生の中でも、シルク・ロードは未だ鮮やかに記憶に残る味と、多くの想い出を紫煙に包んで消えた唯一のものである。
そうこう想いつつキャプテン・ブラックの紫煙に包まれ、朦朧としているはずの、あれこれが去来した。
不思議なものである。

もし私が家庭を持っていなければ、というよりも、自室での喫煙を許されていたならば、であるが。
私は一日、紫煙の中で落書を綴り続けているかもしれない。
紫煙に透けるあれこれは、余りに多い。
多過ぎて書かずにはいられぬような、そんな気がするのである。

公には煙草は死んだ、と言って良いだろうか。
しかし、これら滅亡の危機に瀕した紫煙が生んだものも、また多い。
紫煙の向こう側には、体を賭してさえ尚、十分過ぎるほどの覗き見るに値するものがあるのではないだろうか。

紫煙そのものが向こう側に行ってしまう世界。
それもまた良し、ではあるのだろうけれど、私はやはり、少なからず寂しいのです。

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