2006年06月22日

そこには

フと気付いたのだが、私の書くものには「人」がいない気がした。
いや、人がいない。恐らくは、存在してない。
そのことに気付いて、少し自分が怖くなった。


なんで、そこには人がいないのだろう?
こんなにも豊穣な人々のあれこれを見聞きしているというのに。
その人々のあれこれを書きたいとも想っているのに。

多分、それは私があまりに幼過ぎるからではなかろうか、と想った。
馳せている人々の想いを書ける、などとは想えず、いや、恐れ多く慄いてしまって。

私は昔からそうだ。
「アノ人は、こう考えてると想うからこうしたら良いと想うよ。」
そんな何気ないアドバイスに数知れず感謝されてきたこともあるというのに、
その実、自分は何にも分かっちゃいない・・・
そんな気持ちが裏腹に強く自分を責めてならない。

 嗚呼、俺は誰のことも ちっとも分かっちゃいない

そんな時、そこには文学なんかいらないんだ。
君の息があれば、それで満足なんだ。

でも、君は一人じゃない。
此の君、彼の君・・・

君に、いつまでも遠く
君に、いつまでも願い

自分しか愛せない俺なのに、なんで、こんなに君が恋しいのだろう。

恋文を書けるまで、今少し、時間が欲しい。
それまで、待っていて欲しい。



わけわかりませんな・・・

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この記事へのコメント

1. Posted by 回廊   2006年06月22日 23:03
そんなこともないような…。
どちらかというと、私は直接に抱いてしまいますが(←近視)、まっくさんの人々を抱く腕は、もっと大きく抱いているように思います。
囲いが、大きいと、その全体を見渡すのに書き手はグッと引いて見ないといけないので、それでしぜん、人々が、小さく見える→まるで存在していないように見える、ということも、あるかもしれません。。
2. Posted by まっく   2006年06月23日 20:51
回廊さま、こんばんは(^^)
過分なお言葉、恐ろしゅう御座います・・・(アレ?)

>全体を見渡すのに書き手はグッと引いて見ないといけない
これは、本当にその通りかと。
しかしまた一方で、抉るほど近くに寄らなくてはならず。
うぅ〜ん・・・

本当に問わず語りの落書でいいんです。
きっと、私は(笑)。
でも、その落書の少しでもがどなたかに届きさえしてくれればな、なんて大層な事を想ったりして。

酔い口に 止まる刃も あらんかも(まっく)

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