2006年06月07日

手裏剣術

武術の先生と話していて手裏剣の話になった。
先生は、楊枝を畳に刺せるという。
これは難しい・・・

ということで、早速に日々、挑戦・・・いや、悪戦苦闘。
ダーツ式の投げ方で近距離のダンボールには刺せたが、今一。
先生に確認すると、やはり直打ちの投法らしい。
先生は一投で10本刺すとか(驚)。

手裏剣術は武士の裏芸と想っていたが、実は表芸と言って良い難しさがある気がする。
「術」と名付けられる所以だろう。
実は、正規に使用される手裏剣は意外と刺さり易い(当たり前か?)。
手の内から離れる瞬間、わずかの「擦れ」で手裏剣はとんでもない飛び方をするのだけど、
これは軽ければ軽いほど難しくなる。

楊枝となると、かなりの難儀である。
今の私が20回に一回、ストンといけば良いほうだろうか・・・?

決まるときは投げた瞬間にソレと分かるものである。
手を離れる刹那、先端が的を目掛けていくのが体感として分かる。
その体感を忘れず、いつでも再現できるようにしていくのが稽古でもある。

想えば文を書くという作業は手裏剣術に似ている気がする。
筆を離れた文章が何を目掛けていくのか?
それは書き手には体感として残る。
文章の相手は残念ながら的ではないので、書き手の狙い通りにいっても受け方は異なるが、
文を書くのが好きな人にとって、それは二次的な意味しか持たないのかもしれない。

とはいえ、ここいらは意見の大きく分かれるところではある。
Kさんのコメントが怖い(笑)。

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この記事へのコメント

1. Posted by 風友仁   2006年06月07日 15:21
時には、そのKさんで(笑)・・・。やはり、僕なんぞは、恒に読み手を意識しております。「読み手を意識しない感覚が一等(一番)」ですが、これはひじょうに空なる世界で本当に難しいだろうなと想えてしまいます。文を編み、それで「喰ってはいない」ならば、書きっぱなしでも構わないでしょうね。ただ、やはり違う視点に立てば、「喰えない文章」は実はそれだけで罪、なのです。誹謗中傷の類いの文はまさしくこの域、です。僕は、そこを強く意識し、いまは「喰う為の文章」を書こうと努めております。友人らが、以前と比べ随分、読み易い文章を書くようになったなと指摘することしきり(苦笑)・・・・・・。まっくさん、あなたのお気遣いに心より感謝致します。風友仁
2. Posted by まっく   2006年06月07日 17:27
風さま、こんにちは(笑)。

>「喰えない文章」は実はそれだけで罪、なのです
私も、この一節に「仰る通り!」とも。
読み易さと的を得てないことは別でもありますし。

想うに、一文を以って多くの人を惹き付け、
また深く永く読まれるならば、それは何かを深く射ているのでしょう。
難しく考えると難しいですね。

まっく 拝

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