2006年03月09日

紙虱

妹と二人、ある時は父の背に乗り、ある時は腹上に抱かれ、
遠い記憶にある父は、いつも本を片手にしていた。
印刷会社に勤務していた父は、様々な余本を持ち帰っても来てくれた。
といって、父が高尚なものを手にしていたわけではない。

どこかしらの出版社の「日本文学全集」のようなものが、幼い頃から気になって仕方なかった。
少しく漢字を覚えては、分かった振りを自分に強いて読んだ記憶がある。
永く開かれぬままのハードカバーの本達は紙虱の絶好の棲家になっていたが、
そこにも、分からぬままにも確かに文学があったのだと想う。

いつだったか一度だけ父に訊いた事がある。
何故、文学作品を読まないのか?と。
父は笑って答えた。
もう私が読むものはそこにはないんだよ、と。

でも文学には面白いものがたくさんあるよ?
文学では分からないことも、たくさんあるんだよ。
 お前が、もっと大きくなったら分かるかもしれないし、
  逆に、私が、いつか読む気になるかもしれないね。

それ以上、私も父に問うことはなかった。

父の世代は勤め人とて今の世の比較にならぬ激務世代である。
週休一日とて取れるかしれない。
一ヶ月も、まるまる父の顔すら見かけない日々が当たり前の時代。
それは今でも、という方も勿論いるが、それを「当たり前」とは言い難いだろう。

そんな日々の中でも、父は、いつも片手に本を携えていた。
私の記憶の中の父は、いつでも本を片手にしているのである。
いや、現に今でも父の片手は本に占領されている。

その脇で、文学全集が紙虱の棲家になるのを、なんとなく寂しいが痛快な想いでいた記憶が、今でも私の鼻の奥を突く。

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1. その節は誠に有り難く。  [ こころ、添う。 ]   2006年06月05日 11:19
 我が、実父の逝去から早、まもなく一年、その節は誠に多くの方々から数々の弔問、並びにご香典を賜り、また暖かいご声援を頂き、当HP上ではございますが、御礼の想い、ここに述べさせていただこうかと想います。本当に心より有難うございました。HP上での繋がりとは申...

この記事へのコメント

1. Posted by 綾見由宇也   2006年03月25日 21:34
想えば、私の父も片手に酒、もう片手にはご本。ちびちびやりながら、頁を捲る。そんな父がいつも買ってきてくれたご本といえば、「童話物語」・・・いまは静かに、父を忍んでおります。綾見由宇也
2. Posted by まっく   2006年06月07日 14:25
綾見さま、こんにちは。
いずれ来たる旅路とは言え、お送りになる辛さ。
嗚呼と嘆くのが言葉の始まりとしても不思議には感じません。
「童話物語」、綾見様を見守って下さるのでしょう。
まっく

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