2006年02月23日

斬影−春夏秋冬(3)

弥平が透春について、既に三年が過ぎようとしていた。
瀬津相手の稽古においても、彼は誠に謙虚で、師の透春すら感心を隠せなかった。
「お前を見ていると、本当に涼夏を想い出すよ。」
透春の漏らす言葉が、弥平には最高と言って良い誉め言葉であった。

瀬津の柔らは、確かに見事であった。
女故、剣術は嗜み程度であったが、瀬津には剣など要さぬであろう。
弥平は、ここにきて、ようやく瀬津の相手らしきものが務まるようになってはきたが、瀬津は常にその上手を行っていた。
勿論、透春にも稽古をつけてもらってはいたが、瀬津の相手が務まらなければ、透春に稽古をつけてもらってもあまりに勿体ない、というのが本当のところである。

「柔ら」は諸流あるが、いずれも謎が多い。
一説には戦国時代の組討に源流があるとも言うものもある。
ただ、剣と柔らは、多くの流派でも不可分のものとして存在してはいた。

無影流の柔らは、剣に同じく静かなものであった。
非力、小柄であっても、いや、非力、小柄故に長けられるとさえ言えた。
瀬津は天性の資質を存分に発揮していた。
彼女と比較すると、弥平の柔らは、どうにも不器用であった。
しかし、彼は瀬津が飽かぬ限り、瀬津に謙虚に教わり続けた。

五年が経って後、ようやく瀬津の相手を十二分にこなせるようになり、透春との本格的な稽古に入った。
透春の技は神技といって良い。
なんといっても「捕まらない」のである。
シッカと捕らまえた次の瞬間には弥平の手足は絡められて終わる。
その繰り返しを飽きもせず、二人は延々と続けているのであった。

弥平が里で励み始めてから、二度ほど、冬陽と会う機会があった。
子供かと紛う程の冬陽に、さすがに初対面の弥平も驚いた。
まだ背の低い頃の瀬津よりもさらに小柄なのである。
しかし、あの透春が柔らでコロリ、コロリと相手にされなかった。
冬陽は快活な性質で、誠に自由の人であった。
そしてまた、紅秋・透春と同じく情の厚い人でもあった。

弥平が二度目に会った時のことである。
二人で茶を飲む機会があった。
冬陽は経巡った各地の話を面白おかしく話していたが、透春が混じる少し前にポツリと弥平に言った。
「透春は十分な腕を持っている。やがては、わしを凌ぐであろう。
 弥平よ、透春によく学べよ。そして、たまには紅秋の墓にも参ってやれ。」

「冬陽先生、あの手は、どうにも分かりませぬ。」
透春が頭を掻きながら部屋に入ってきた。
先刻の稽古で教えられた手を一人稽古していたらしい。
「すぐに身につけられたら、わしが困るではないか?
 わしも、今しばらく役がなければおさらばじゃよ。」
冬陽は弥平に目配せしながら笑って言った。

(紅秋先生は、この方々と御一緒だったのだ。そして父上も・・・)
今の弥平の心には、あの荒んだ気持ちの一点も残っては居なかった。
己を頼りに、己の腕のみを淡々と磨く二人、そして二人に続く人々の中にあって、彼は毎日が眠れぬほど楽しかった。

弥平は今でも紅秋を想い出す。
夢にみることもある。
しかし、紅秋は、いつも満足そうに微笑んでいるのであった。

弥平は、紅秋の影ではなく、己の影を追い始める途に就いたのである。

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