2006年02月23日

斬影−春夏秋冬(2)

弥生と弥平は六つ違いだそうである。
時に紅秋の元に遣いされたそうだが、弥平に会えば情が移ると言い、稽古姿を遠くから眺めるに留めていたという。

弥平の逐電以来のことは、この山中にも噂は届いており、その都度、弥生は甚く心を痛めていたらしい。
彼は、その話を聞いて耳まで真っ赤になった。

「心を痛めたのは父上の・・・」
父の涼夏は門下でも異色で、大柄で苛烈な剣の遣い手だったという。
大柄な者で号されたのは、四名のうち涼夏ただ一人だった。

「無影流は、大柄な者には習得し難いところがあっての。
 だが、涼夏は常に自分を戒め、謙虚に励んだ故。」
無影流は静かな剣を遣う。
確かに、透春も紅秋の剣も静かで、故に恐ろしいものであった。

「紅秋は柔らまでは教えてはおらなかったのだな。
 しかし、あれだけ剣が遣えれば、まずは十分と言っておこう。」
無影流の真髄を追うには、剣は入口に過ぎないのだという。
柔らの術を極めていくことで、無剣の域に初めて達することが出来る、とのことだった。
弥平も、一時、紅秋が体術を教授してくれたことを想い出した。
「次から本格的に始めるか?」
その言葉を残して紅秋は黄泉してしまったのである。

「あれだけ剣が振るえれば、確かに困ることはそうはあるまい。
 だが、弥平も分かっておろう。
 斬るだけなら、今の世、何も剣の腕を磨くこともないのだ。」
「・・・」
「荒れてはいたが、まだ、お主の剣には紅秋が宿ってはいたよ、安心せい。」
その言葉に、脆くなった弥平の目頭が熱く濡れた。

「本来なら冬陽様に預かって頂くのが良かろうが・・・
 何分、気紛れも天下一品で、どこぞにいらっしゃるか。」
冬陽は、四名のうちの最長者であるとともに、無影流の伝を最高に体現する人物だという。
時に、この宿場にもフラリと姿を現すらしいが、一所に留まることを知らず、弟子をとることもないとのことであった。

弥生が溜息混じりに言を続けた。
「いましばらくは冬陽先生のお手を煩わす程のものでは、とてもありません。
 瀬津相手も務まるかどうかでしょう。」
「確かにそうだな。
 瀬津の柔らの相手が務まるようであれば冬陽様に頼むより他はないが。」
瀬津とは、あの「娘」のことらしかった。
「あの、幼い娘でしょうか?」
「そうじゃ。不服か?」
冬陽が悪戯っぽく笑いながら言った。

(あの身ごなしは偶然ではなかったのか・・・)
弥平は身震いを交えて首を振った。
「少々は分かるようだな、感心、感心。」
「感心も何も、あの娘、いや瀬津には斬られております。」
「はっはっはっはっは!
 瀬津も間抜けなお侍さんが来たと言ってはおったよ。」
弥平も多少は悔しいが、そのような悔しさにかまけている時間はない。
彼は、その点、父譲りの性格を有し、素晴らしく謙虚で自制も効いた。

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