2006年02月22日

斬影−砂州にて(1)

「待った、かな・・・?」
砂州に響いたのは猫が忍び歩いているのかと想うほど僅かで軽い足音であった。
弥平は圧された。
小柄な透春ではあるが、その足音は宙に浮いているのでは、とさえ想わされた。
(足元にも及ばぬ、とはこのことか・・・)

弥平も身軽ではあったが、透春には到底、敵わない。
当たらねば斬れぬのが剣であるが、当たれば力など大して必要としないのが剣でもある。
弥平の真剣での立会いは一度きりではあったが、当然ながら、その意は十分に知っている。
彼の身軽さとは、次元が異なる。

「何時でも」
透春の声の優しさは変わらなかった。
「心得ました」
弥平は観念して立ち上がった。
透春は、たらんと右手に木剣を携えてはいるが、微動だにせず微笑んでいる。
まるで花でも愛でているような、そんな雰囲気に包まれている。
弥平も木剣を手にし、地に触れんばかりに剣先を下げて諸手で軽く支えた。

二人の間は、二間を既に詰めている。
山奥の小庭は静かであった。
弥平の足が、時折、砂を噛んで軋んだ音を発するばかりである。
透春は、放っておけば、そのままに彫像にでもなってしまいそうである。

弥平が間を詰めようとした先を取って、透春が歩を進めた。
(軽い・・・)
軽やかなサクッという音が僅かに聞こえた気がするばかりであった。
透春の姿勢には微塵の乱れも無い。
彼は一寸もあるかなしかの歩みで、ゆっくりと弥平に迫ってきた。

弥平は焦った。
透春自ら間を詰めてくるとは想いもしなかったのである。
うろたえを面には出さずとも、手を出すキッカケを掴めぬままに脂汗が滲む。
既に透春は一間半に間を詰めている。
しかし、弥平には透春が余りに遠くに見えた。
とても剣が届くとは想えなかった。
透春がそこに「居る」とも想えないのである。

「ま・・・」
弥平が構えを解き、口を開いた刹那である。
喉仏に透春の木剣が突きつけられた。
「一振りもせずに終わる、か?」
間近に迫った透春の眼は恐ろしい光を放っており、弥平にはとても直視出来るものではなかった。
「トンッ」
と軽く透春が木剣を伸ばすと、弥平の腰がストンと落ちた。

(見えなかった・・・全く・・・)
弥平は透春の足元の砂紋を見つめた。美しかった。
池に軽く放られた小石の文様のようである。
そして、あの一突き。
弥平が腰を抜かしたわけではない。

弥平は、あまりにおかしくて笑い始めた。
「はは・・ははははは・・・」
涙交じりに、彼の中で鬱屈としていたものが弾け出した。

「立ちなさい。
 一振りもせずに終わる積もりか?」
透春の声に弥平の身が踊った。
弥平は、もう、ひたすらに透春に打ち込み続けていた。
かすりもしない剣を、それでも、ひたすらに振るい続けていた。

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