2006年02月22日

斬影−封剣(4)

弥平の影が、長く、長く伸びている。

ボーッと目をやる先の剣は、夕陽に朱染めになっており、乾きつつある残り血は、既にドス黒く変色し始めていた。
(紅秋先生・・・)
弥平は、心の内で師の面影を必死に追い続けていた。

「剣など抜くものではない。」
「しかし、それではなんのために稽古しているのか分かりませぬ。」
「分からぬならせねば良い。」
「先生は何故、剣を?」
「好きだからだよ。」
「それだけなのですか?」
「ああ、それだけだ。他に何か必要か?」

紅秋の言葉は、時に人を食ったようなところがあった。
しかし、理由は分からぬが納得出来た。
(俺は・・・人を、斬った・・・
 それも、紅秋先生の剣で・・・)

いつも穏やかで優しい紅秋の顔を、今の弥平は想い出せなかった。
ただ、手の内に人を斬った手応えだけが生々しく残り、彼の感覚の全てを奪っていた。
「貴様、真剣での勝負を知らぬな?」
武士くずれの言葉が、時折、耳に木霊する。

弥平は、ひたすら虚しかった。
あれほどに夢中になって稽古してきた剣。
だが、残ったものが、この数体の骸なのだと想うと、目頭が霞むのである。
遠くで梟の鳴き声が響き始めてもなお、弥平は立ち上がらなかった。

明朝、彼はやつれた顔のまま、山に入った。
そして木剣を作り、左腰に携え、師の大小は右腰に据えた。
彼は、自ら剣を封印したのである。
弥平は剣を持ち続けることへの答えを見出せないままに旅を続けた。

それは旅というより、流浪であった。
もっとも、何分にも弥平は、まだ子供である。
多少の面倒を見てくれる人は決してないわけではなかった。

しかし、彼の剣は荒れ、荒んだ。
時に師弟の関係らしきものも持ったが、彼よりも上手は既に易々とは見つけられなかった。
弥平の苛立ちが、一時とはいえ、師となった者にまで容赦ない手を下させた。
流浪で風聞を聞けば立会い、打ち据えた。
出口の無い、真っ暗な洞窟を、彼は一人、歩いていた。

砂州に座する彼は、怯えている。
数年を経た今、弥平は十九になっていた。
負ける、打ち据えられることは久しくなかったが、そんなことを恐れる彼ではない。
弥平自身には理由は分からなかった。

彼は、自身の穢れや弱さを見透かされることに怯えているのである。

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