2006年02月21日

斬影−封剣(3)

弥平が紅秋の大小を封じるのに、時間は必要としなかった。

弥平が旅し始めて一年と経たぬ、ある山越えの時のことである。
山裾で噂を耳にはしていたが、数名の賊に出くわした。
賊らにとってみれば、弥平も少し図体の大きい餓鬼でしかない。
金子も大して懐しているとは見えぬのに、絡んだのが彼らの不幸でもあった。

弥平の行く手に、突然に横並びに彼を足止めたのである。
手慣れた呼吸で後ろにも数名が並ぶ。
賊の頭らしき人物は弥平よりも頭一つ大きく、幅もあり、賊の後ろでにやけていた。
紅秋の元で上手相手の荒稽古を平素にしていた弥平に焦りはなかった。
(いずれも腕の程は大したことはない・・・)

新参者らしき武士くずれ風情の一人が、弥平の大小に目を付けた。
「中々に良いものを持っておるな・・・そこに置いて去れ。
 さすれば何もせぬ。」

静かに、ゆっくりと弥平の口が開いた。
「己の腕の程はわきまえておるか?」
武士くずれの顔が醜く歪んだ。
「貴様、真剣での勝負を知らぬな?」
「知らぬが、なにか?」
「ふん・・・真剣での勝負も知らずに腕の程、だと?笑止・・・」

実際、真剣で切り結んだ経験は弥平にはなかった。
しかし彼が真剣の怖さを知らないということではない。
紅秋が、一度、剣を振るえば一間離れていても膝が笑ったものである。
彼は常々、弟子に言っていた。
「もの斬るとても、真剣を使うには及ばぬ。
 皆が手にしている木剣の本当の面目を心得なさい。」
実際に彼は、こともなげに木剣で立ち木を袈裟切りにした。
折れるのではなく、斬れるのである。
弟子達は、その妙技を見せられては益々に稽古に熱中したものである。

(紅秋先生の剣は凄まじかったな・・・)
手に手に抜き身を持った賊に囲まれて尚、弥平の心には余裕があった。
剣は切れてこそ剣である。
そのためには、なによりも当てねばならぬ。
抜き身を晒されたとて、当たぬ剣を恐れるのは愚である。
当たれば身を砕く木剣での稽古は、真剣での立会いと何ら変わりない。

「道場稽古で少々、腕が立ってモノが見えなくなっているのか。」
武士くずれの声に賊らが合わせて苦笑した。
「当たれば切れるかも知れぬな・・・」
弥平は顔色を崩さずに言った。静かな声であった。
彼の落ち着いた態度もまた、からかうだけの積もりの賊らを刺激したやもしれぬ。
ジリ、と賊らが間を詰めてきた。

弥平と先陣を切るであろう武士くずれとは1間と少々。
弥平の左手がそっと刀に掛けられた。
右手はダラリと下げられたままである。
武士くずれは既に鍔元を開いている。
「切れぬと申すか?」

言うや、武士くずれが袈裟に切り込んできた。
武士くずれにとっては満身込めての一刀らしいが、弥平には大振りに過ぎた。
「ガッ・・・」
弥平がわずかに軽く斜に歩を進め、がら空きの武士くずれのアバラに柄アテを食らわすと、手応えもなくアバラが折れ、柄が武士くずれの臓中にめり込んだ。

しかし、そこは賊である。
武士くずれはその場に崩れたが、その様子を見るや、一斉に弥平を取り囲んだ。
(未だ二間先・・・後ろに二名・・・)
総勢は頭領を入れて八名。隙なく弥平を囲んではいる。

(ならば・・・)
いずれも大刀を抜き構えているのを見、弥平は小太刀を右手に抜いた。
と、左手にいた長身の男が斬りかかってきた。
弥平は空いている左手で素早く柄を握り止め、グンッと刀身を捻って男の首筋に返した。
「ギャッ!」
自分の刀で首をえぐられ、男は仰け反ってヒックリ返った。
先に、仲間の刀があるのだからたまらない、串刺しである。

と後ろからヒュンと風音が唸る。
弥平は首をえぐった男の方に軽く前転して避けた。
仲間を刺した形の男は、意外に深くて抜けぬ刀を抜き去ろうとウンウン唸っている。
相手は頭領を入れて六名であるが、面前にいた、後ろから斬りかかった男の脇に小刀を突き入れ捻ると、声もなく沈んだ。

途端に息の合った三名が、正面、左右から同時に斬りかかって来た。
弥平は素早く小刀を左手に持ち替えて左手の切込みを受け、同時に大刀を抜き様に身を沈めつつ、正面、右手の二名を胴払いした。

弥平の眼は良い。
左手の切り込みには籠手を斬って受け、正面、右手の胴払いも切り込んできた腕を斬った。
三本の刀があてを無くして中を舞った。
血飛沫が辺りを朱に染めたところで頭領が残る一名を制しつつ前に出た。

「なるほど、大したものだ・・・
 お前は戻れ、二度とここには戻るな。」
大音声で言うと、諸手の大小を同時に弥平に向けてきた。
弥平は驚きもせず、頭領の正面に大きく踏み込みながら右手大刀の背で二刀を同時に受けながら、小刀で頭領の鳩尾を突いた。
頭領は辛うじて突き抜かれる前に身体を捻りながら地を転がり、横様に大刀で弥平の足を払った。

弥平には想わぬ反撃であった。
辛うじて脛辺りの袴を切り裂かれるのみで済んだが、すぐさまに転がる頭領を追い掛け、大刀で胴を串刺し、そのままに小刀で首を刎ねた。
「ゴリ・・・」
嫌な手応えを感じると同時に、頭領の足が不自然に跳ね上がり、ユックリと地に横たわった。

弥平はすぐに跳び下がり、ドサッと腰を下ろした。
先刻の残党一人の姿はなく、斬られて失神した者以外の姿も見えなかった。
弥平は、血にまみれた己の大小を、ただ、ただ見つめていた。

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