2006年02月21日

斬影−封剣(2)

彼の師、紅秋が亡くなって後の弥平の逐電は早かった。

弥平には、実の両親の記憶はない。
山須紅秋は、弥平が物心付いた頃には、既に養父であった。
話せば洒脱だが、物静かで穏やかな空気をまとい、街中にあっても、とても武士には見えない。
加えて、ぶらりと散策に出るとて帯刀もしないような、そのような人であった。

力量によって名もそれなりに知られてはいたが「そこそこの使い手らしい」という程度でしかなく、紅秋自身は気に留める様子は全くなかった。
しかし勿論のこと、その技は見事に過ぎた。
紅秋の技量は、知られているが故に知らずとされるほど並ぶものがなかった、というものであった。
弥平は、幼い頃から、その紅秋の薫風を十二分に受けて育ったのである。

平素の生活での紅秋は、市井の父親達となんら変わることなく弥平に接した。
稽古についても、弟子に対してと同様、弥平にも強要することはなかった。
「無理にやらせても何も良いことはない。
 本当にやりたい者だけがおれば良い。」
それが紅秋の考えであった。

医術の心得もあり慕う者の多かった紅秋だったが、本職の医者が身を隠すように看板すら下げるような流行病に際して、彼はむしろ積極的に迎え入れた。
昼夜を問わず運び込まれる病人に接しているうちに、紅秋自身が、伏せた。
「父上・・・」
紅秋が病に倒れたとき、山里に預けられていた弥平は十三になっていた。
その報を聞くや、大人の足でも四日はかかる道程を、夜を徹して二日で駆けつけた。

紅秋は、平生へいぜいの顔色は失ってはいたが、瞳に宿る優しさは相変わらず、ジッと弥平を見つめていた。
「立派に・・・なったよな・・・」
弥平を待つように、紅秋は、その三日後、静かに息を引き取った。
三日の間、弥平を見ては満足げなその瞳は、今でも彼の脳裏に焼きついている。

紅秋の死後、残念ながら未だ跡を継ぐに足る人物は育っていなかった。
弥平は、日頃、可愛がってくれていた住み込みの、しの婆に礼を言い、その足で紅秋の家を出た。
彼は、父としての紅秋の死に対して酷く沈痛の想いを抱く一方、剣術家としての紅秋の死によって、己の居所を失っていたのである。

十三と言っても弥平の体格は大人のそれであったし、紅秋仕込み剣術の腕は、並みの剣術家ではとても相手にならぬ程になっていた。
「一人で道を切り拓くしかない。」
若き剣士の一途な想いが、彼を出奔に駆り立てた、とも言えるかもしれない。
彼の腰にする大小は、紅秋の遺品であった。

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