2006年02月20日

斬影−剣に語らせよ(3)

木剣と言えど、彼らの域で交えれば骨が折れるに留まれば幸いである。
(一閃で勝負は決する。)
弥平は心してはいたが、その構えは、いわば無構えである。
無造作に持った剣先は道場の床に触れんばかりに垂れている。

二間離れて対する篠輔は、肩口に右手を、左手は柄頭に添えただけで身は晒け出されている。
「受け」のない、一太刀で決する無二流独特の構えである。
その様は仁王もかくやという堂々たる威風に満ち満ちている。
大柄なはずの弥平だが、傍で見る者がいれば縮んだかとも想うほど威圧感もない。
やはり、篠輔も一剣に己を賭す者であることに変わりはないのだ。

弥平は少し小幅に並足で歩を進めた。
篠輔は微動だに構えを変えない。
ただ、見開かれた眼は閉じることを忘れたかのように弥平を見据えている。
ガラアキのはずの篠輔の懐は遠い。
彼の構えは、それほどの域にあるのである。

篠輔の力量を十分と見た弥平は喜んだ。
(これだから剣からは離れられぬ)
弥平は自分でも気付かずに音無く一歩一歩、間を詰めていった。
既に、御互い、一足の間に入っている。
少々、腕の立つ程度の者であれば、とうに弥平に斬りかかり、一撃の下に下っている間合である。
しかし、篠輔は動かない。弥平もまた。

流れるような弥平の歩が止まった刹那、篠輔が前足ぜんそくをにじり進めた。
が、今度は弥平が動かない。
篠輔は構わずにじり歩み寄る。

篠輔の動きに合わせて弥平が剣先を僅かに切り上げた刹那である。
篠輔の剣が、シュッと甲高い音を軌跡に残しつつ、真っ直ぐに弥平に斬り込んで来た。
と「ドンッ!!」と激しい音とともに弥平の身体は軽々と空に舞った。

(不覚・・・)
僅かに体を斜に開いた弥平の剣は、確かに篠輔の首筋を捕らえてはいた。
が、篠輔の余りに真っ直ぐの剣筋上に残った弥平の剣に、篠輔の剣は有無を言わさず斬っ下げられていた。
さらに、篠輔の剣が弥平の剣に斬り込むだけでは終わらなかったのである。
剣とともに真っ直ぐに弥平に踊りかかった篠輔の体が、まともに弥平を突き飛ばした。

辛うじて踏み止まった弥平は、瞬時に斬り下げた体勢のままの篠輔の両肩を、
「タタンッ!」
と激しく斬り返しで連打した。
篠輔の剣は乾いた音を立てて道場にユックリと沈んでいった。

しばし後、篠輔は深く頭を下げ、あの快活な笑顔に戻って言った。
「やはり敵わなんでした。
 いや、参りました。」
「いえ、樺様の剣の方が早かったかもしれませぬ・・・」
弥平の剣には、くっきりと篠輔の斬り込み跡がついていた。
「いくら速くとも、人がおらねば斬れはしません。
 ましてや、あの連撃・・・」
時折、顔を顰めて肩をさすりながら篠輔が続ける。
骨が砕けても不思議ではない、あの連激に耐えるとは、やはり篠輔も伊達者ではなかった。

一頻り落ち着き、人払いをした二人きりの朝食の場で、弥平は篠輔の本音を聞いた。
無二流は一撃技ばかりが喧伝されてはいるが、実際は違うらしく、小技も勿論あるという。
篠輔は一撃に掛ける無二流をこの上なく愛してはいたが、それが故に、一方では竹刀を使った稽古の重要性も理解していたのである。
だが、彼の立場がそれを許さない。
そのもどかしさから、棒振り剣法と粗口も出るというのが本当らしかった。

(さもあらん・・・)
弥平は頷いた。
今まで立ち会った中でも、篠輔は間違いなく一、二を争う剣術家であり、人柄も弥平の愛するタイプで、こうして膳を並べていると兄弟子と話しているかのような錯覚を起こす。
篠輔は、口ばかり、噂ばかりの剣術家では決してなかった。

始まりこそ弥平の幼稚な癇からのものであるが、今となっては懐の広さも見せ付けられ、弥平は恥じ入るばかりだ。
何よりも、これほどに爽やかな気持ちは久し振りである。数多の濁った剣の使い手相手では、こうはいかぬ。
篠輔が話し好きなのは元来、そういう性質なだけであった。

今の彼は弥平を上手うわてと素直に認め、さらに精進せねば、と頻りに頭を掻きながら苦笑いをしていた。
「力自慢は、少々、抑えられても良いかもしれませんね。」
「あたや、そこまで見て取られてましたか。」
「定かではなかったのですが、剣を振るうには不自然な筋骨を感じました。」
「仰る通りです。」
無二流の名人ということで、豪傑を期待する門人も多い。
篠輔も多少ならば、ということで肉をつけたらしい。
そのことが剣術家としてあってはならぬことを理解するに、篠輔は勿論、十分な人物であった。
今後は、一層、剣に明け暮れるのであろう。
弥平は明朗ながら一徹な篠輔を見ながら、
(まだまだ捨てたものではない)
と、すっかり忘れていた明るい気持ちを少しく取り戻した。

しかし、甚く気に入られた弥平は、客人として迎えたいと盛んに言われたのには閉口した。
今や、篠輔の腕は弥平も認めるところではあるが、ここに留まる理由は彼にはない。
丁重に断り続け、ようやく諦めた篠輔は、とある剣術家の噂を教えてくれた。
篠輔自身も立ち会ったことは勿論、会ったことすらないとのことだが、険しい山をいくつか超えた先の宿里に、秘剣としか言い様のない剣術家がいるらしいというのである。
「その腕を持つ弥平殿が旅するには理由わけもあるのでしょう・・・
 当ての無い旅であれば、寄られても良いかもしれませぬ。」

噂ほどあてにならぬものはないが、篠輔の言うことには一理ある。
弥平自身、何故、流浪を続けているのか、すでに分からなくなっている。
ただ、噂のみで名利を立てようという輩があれば、彼は許せないだけなのである。
名残を惜しむ篠輔に深々と礼をし、弥平は早々に出立したのだった。

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この記事へのコメント

1. Posted by 腐女子   2006年02月20日 03:41
いろいろ見てたらたどり着いたので〜でゎでゎ♪
2. Posted by まっく   2006年02月22日 11:59
腐女子さん、再訪問、ありがとう。
たまには中も読んでいって下さいね(笑)。

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