2006年02月19日

斬影−剣に語らせよ(2)

一晩は大人しくすることにした。
足を洗ううちにも日の暮れに急に辺りも暗くなり、すでに稽古を望むには遅過ぎると自制したこともある。
何よりも、多少の大言があっても、人の良さが滲み出る篠輔の笑顔が脳裏から離れなかった。

夕食を終えて一献入った篠輔は、弥平の話を聞くよりも、自らの剣術がいかに優れたものであるかをを巧みに話しに組み入れることに知恵を巡らせていた。
既に初老と言って差支えはない篠輔も大柄で、身の丈は優に六尺を超える弥平を見下ろすほどである。
袖まくりした腕は、さすがにそれなりの鍛錬を物語るが、弥平のそれとは違い、剣だけのための肉付きではない。
(強力のみで剣を語る、か。もっとも今の俺も大して変わらぬ身だが。)
弥平の唯一人の師は、子供のように小柄で非力な好々爺であったのである。
それでも、今の弥平にもやはり、師の剣の片鱗すら、見せる自信はなかった。

田舎侍とは言え、篠輔は周辺の郷には並ぶものなき剣術家としての名をなしてはいた。
さる大尽の招聘を受けて、あわや指南役に、ということもあったと聞く。
流儀は無二流の流れを汲むらしい。
無二流は立会い後の一刀に全てを賭けるのが特徴である。
己身全てを一刀に預けるため、体力も勿論だが、気迫が全てと言って良い流儀だ。
故か豪傑タイプを多く輩出している。
もっとも幾人もいるわけではないが、奥義に至った者は、その一刀を自ら封じるという。

「昨今は竹で作った模擬剣を子供さながらに振り回す輩もおるとか。
 そのようなモノで剣のなんたるかなど分かるはずもない。
 その点、貴殿は若いのに大したものだ、気概が違う、気概が。」
「恐れ多い・・・」
「いやいや。若いのは直ぐに楽で面白きものに流れる。
 確かに木剣での稽古は打ち合いは少ない。
 退屈かもしれぬが、その中に剣の道を見出すのが修行というものではないか?」
(剣術家は口では語らぬ・・・)
弥平は、やはり苛立たずにいられなかった。

篠輔を見ている弥平は、決して悪い気はしないだけに複雑な気もした。
幼稚なほどの剣術好きな性質たちを感じるからである。
もし篠輔が広く謙虚に世に臨んでいた者ならば、あるいは終夜、弥平と飲み交わしたに違いないとも想える。
篠輔の言も、自らの剣を誇りはするが、無二流に掛ける想いに及ぶことも多かった。
単なる世渡り上手の名人とは、少々、異質ではあったのだ。

しかし夜が明けて剣を携えれば別であった。
弥平は気遣って、門人が来る前に篠輔と剣を交える積もりであった。
篠輔に恥をかかすこともあるまいということもある。
一方で、起き抜けならば今夜の情移りを残さずに立ち会えよう、とも。

篠輔も早起きらしく、一頻り話し終えた後、弥平が切り出すまでもなく、
「では、明朝にでも一手、交えましょうぞ。」
と、その時だけは剣術家らしくキリとした佇まいで寝室に向った。
口達者ではあるが、篠輔も弥平の心のうちは察してはいたのである。
既に立会いは始まっているのだ。
明けの鶏が鳴き止んだ頃には、既に薄暗い道場で二人は対峙していた。

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