2006年02月19日

斬影−庵に(1)

弥平の眼は動かなかった。動かせなかったのである。
座主の手の一方は脇息に、一方は腿に、不自然な自然さで置かれている。
対してより微動だにしない、その手が全てであった。
弥平の手も座主の一方の手と同じく腿にあるが、脂汗で腿と一体になったかのように張り付いている。
込み上げる震えを息で押さえ込むのが精一杯で、それでも大したものかもしれぬ。

(逃げ消えたい・・・)

実際、何かの拍子でもあれば、竹鞭で尻を叩かれた蛙のように跳び上がらんばかりでの弥平であった。
が、後悔は先に立たぬものであるし、そのようなことなど起こる間もない。
少し小声ではあるが、浪曲でも謡うかのように、優しく座主の口が開いた。
「御望みの形で御相手仕ろう。」
柔らかな眼は、弥平を捉えているようで見てもおらぬだろう。
座主の手は、やはり動かぬままである。

「・・・も、もしや叶うものでありましたら御弟子に・・・」
「ならぬ。」
やっと出た弥平の言葉を遮るわけでもなく、その間隙を見逃さずに浪曲が響く。
優しい口調は、それでも二の句を許さぬことを悟らせた。

弥平は過去を悔いた。本心より、悔いた。
天性の大柄な体格と秀でた膂力にもの言わせ、師をも師と想わずに這い蹲らせては喜んでいた自分。
交えた剣は数知れず、いずれも「我が剣ここにあり」と自信を持つに十分なものであったものの、その奥があることを知りながらも出遭わずにいること良いことに「己の力よ」と嘯き誤魔化していた自分。
(そもそも、なんで剣を握ったのか・・・)
最後に想い及び、弥平の気持ちも諦めるに定まった。

「では・・・恐れながら木剣にて御指導を。」
「承知した。木剣を整えなさい。
 ちと狭いが、場所は、そこの庭で宜しいか?」
「仰せの場所にて。」
「剣を、取られよ。」

座主は、手は勿論、やはり全てがチリ程も動かぬままであった。

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この記事へのコメント

1. Posted by 腐女子   2006年02月19日 04:29
いろいろ見てたらたどり着いたので〜でゎでゎ♪
2. Posted by kairou   2006年02月19日 10:29
こちらの方面の、読書の下地が薄いので、きちんとコメントできないのが申し訳ないのですが…。
そんな、分かってない私でも、場面が見えました(←ほんとに分からない世界なんです 汗)
分からない、ながらも、拝読させていただきます♪
3. Posted by まっく   2006年02月19日 11:46
腐女子さん、こんにちは。
巡回、御疲れ様です。
再巡回の機会ありましたら御気軽にどうぞ(^^)
4. Posted by まっく   2006年02月19日 11:48
kairouさん、こんにちは。
鬼平犯科帳を見てたら、なんとなく書きたくなったもので(^^;
そうですね、畑違いの方も楽しんで頂けるような文・・・難しいなぁ・・・(苦笑)
適当に流し読みして下さい(汗)。

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