2006年02月18日

汚れちまった悲しみに・異聞

綾見さんのブログには、必ずと言って良いほど(というか、必ずか?)中原中也の一文が載っている。
その都度、瞳に映る中也は、やはり詩星と想わずにいられない。
ところで、私は、あり得ない読み方をしていたことに気付いた。
著名な詩、「汚れちまった悲しみに」である。

先程、パラパラと読み返したが「読み違っている」と言って良いだろう。
私は「悲しみが、汚れている」と読んでいた。
「(自分が?)汚れてしまった、その悲しみに」ではなく、である(苦笑)。

どこをどう読んだら、私のような読み方になるのか・・・と想うのだが、
依然として、私の中での「汚れちまった悲しみに」は、
悲しみが汚れまみれになって屑になっている。

悲しさだって、汚れちまうこともあるのだと、私は想うのだ。



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この記事へのコメント

1. Posted by 綾見由宇也   2006年02月18日 08:23
僕は幼い時分から、もう30数余年、かな?、中也に恋をし続けているだけです。僕に優しみと寂しさの言葉をかけてくれるひと・・・・・。綾見由宇也
2. Posted by まっく@ショック中   2006年02月18日 11:38
綾見さん、こんにちは。

中也は恋の対象として十二分の魅力を持っていますね。
私はヤッカンでしまったりしますが(苦笑)。
彼の詩で、言葉に対する感覚が変わり、また培われた部分を強く感じることがあります。

届かない星空に向けて

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