2006年02月

2006年02月28日

更ナ日記

朽葉とて 踏み砕かれるとは よも想わじに

解題)
作者が歩いている最中に踏み砕いた朽葉も、青々と茂っていた頃には、このような身にやつすとは想わなかっただろうに、との意。
参考:恋せよ乙女、花の命は短くて

蒼穹の刃

確かに嵐は、月のせいじゃない

それでも右の指先を陽の方に伸ばすと、
急速に鋭くなったやいばは未だ深き闇高く、
それは高くに切り込むのさ続き、こちらにおります

癒されて、安心して、どこへ?

当ブログも参加している人気ブログランキングを上から訪問。
つらつらとブログを見させて頂きながら少し驚いた。
未だに癒し、安心・・・そういったジャンルの方が多く、また求められているらしい。続き、こちらにおります

2006年02月23日

斬影(補遺):暴走・・・(^^;

「斬影」、終わらせました。

>きっとね、面白いところが、ツボが、あるのだと思うんですよね。
by kairouさん

有難う御座います。 ツボ、ありません(爆)!!

>あと感じるのは、なんとなく陽気なカンジがする。漲ってるカンジ、、、
by 同上kairouさん

楽しくて、書きたくてたまらないものって、伝わるのかもしれません。
結果的には「満足いく失敗作」というところでしょうか?

書き上げてスグに自作について、というのはどうか?という考えもありましょうが、自分なりの復習を。続き、こちらにおります

斬影−春夏秋冬(3)

弥平が透春について、既に三年が過ぎようとしていた。
瀬津相手の稽古においても、彼は誠に謙虚で、師の透春すら感心を隠せなかった。
「お前を見ていると、本当に涼夏を想い出すよ。」
透春の漏らす言葉が、弥平には最高と言って良い誉め言葉であった。続き、こちらにおります

斬影−春夏秋冬(2)

弥生と弥平は六つ違いだそうである。
時に紅秋の元に遣いされたそうだが、弥平に会えば情が移ると言い、稽古姿を遠くから眺めるに留めていたという。

弥平の逐電以来のことは、この山中にも噂は届いており、その都度、弥生は甚く心を痛めていたらしい。
彼は、その話を聞いて耳まで真っ赤になった。続き、こちらにおります

斬影−春夏秋冬(1)

美しい星だった。
弥平は星に向って眼一杯に手を伸ばしていた。

途端に足場を崩した驚きに、彼は目覚めた。
既に明るさを取り戻した旅籠の部屋であった。続き、こちらにおります

2006年02月22日

斬影−砂州にて(2)

斜陽を受けて、美しい砂が燃えるように朱に染まっている。
整っていた砂州であったが、いまや荒々しい弥平の足跡を刻まれ、一部は地面を剥き出しにしている。
弥平が無我夢中になってより、既に相当の時間が経っている。続き、こちらにおります

斬影−砂州にて(1)

「待った、かな・・・?」
砂州に響いたのは猫が忍び歩いているのかと想うほど僅かで軽い足音であった。
弥平は圧された。
小柄な透春ではあるが、その足音は宙に浮いているのでは、とさえ想わされた。
(足元にも及ばぬ、とはこのことか・・・)続き、こちらにおります

斬影−封剣(4)

弥平の影が、長く、長く伸びている。

ボーッと目をやる先の剣は、夕陽に朱染めになっており、乾きつつある残り血は、既にドス黒く変色し始めていた。
(紅秋先生・・・)
弥平は、心の内で師の面影を必死に追い続けていた。続き、こちらにおります

2006年02月21日

斬影−封剣(3)

弥平が紅秋の大小を封じるのに、時間は必要としなかった。

弥平が旅し始めて一年と経たぬ、ある山越えの時のことである。
山裾で噂を耳にはしていたが、数名の賊に出くわした。
賊らにとってみれば、弥平も少し図体の大きい餓鬼でしかない。
金子も大して懐しているとは見えぬのに、絡んだのが彼らの不幸でもあった。続き、こちらにおります

斬影−封剣(2)

彼の師、紅秋が亡くなって後の弥平の逐電は早かった。

弥平には、実の両親の記憶はない。
山須紅秋は、弥平が物心付いた頃には、既に養父であった。
話せば洒脱だが、物静かで穏やかな空気をまとい、街中にあっても、とても武士には見えない。
加えて、ぶらりと散策に出るとて帯刀もしないような、そのような人であった。続き、こちらにおります

斬影−封剣(1)

足場の怪しい険しい岩場を、黒影が音も無く飛び交う。
居所を岩場に転じた大柄のムササビが、魔物と化したかのような身ごなしの主は、篠輔の言を頼りに進む弥平であった。
彼は大柄ではあったが、動きは決して鈍重ではない。続き、こちらにおります

2006年02月20日

斬影−剣に語らせよ(3)

木剣と言えど、彼らの域で交えれば骨が折れるに留まれば幸いである。
(一閃で勝負は決する。)
弥平は心してはいたが、その構えは、いわば無構えである。
無造作に持った剣先は道場の床に触れんばかりに垂れている。続き、こちらにおります

2006年02月19日

斬影−剣に語らせよ(2)

一晩は大人しくすることにした。
足を洗ううちにも日の暮れに急に辺りも暗くなり、すでに稽古を望むには遅過ぎると自制したこともある。
何よりも、多少の大言があっても、人の良さが滲み出る篠輔の笑顔が脳裏から離れなかった。

夕食を終えて一献入った篠輔は、弥平の話を聞くよりも、自らの剣術がいかに優れたものであるかをを巧みに話しに組み入れることに知恵を巡らせていた。
既に初老と言って差支えはない篠輔も大柄で、身の丈は優に六尺を超える弥平を見下ろすほどである。
袖まくりした腕は、さすがにそれなりの鍛錬を物語るが、弥平のそれとは違い、剣だけのための肉付きではない。
(強力のみで剣を語る、か。もっとも今の俺も大して変わらぬ身だが。)
弥平の唯一人の師は、子供のように小柄で非力な好々爺であったのである。
それでも、今の弥平にもやはり、師の剣の片鱗すら、見せる自信はなかった。続き、こちらにおります

斬影−剣に語らせよ(1)

美しい砂州であった。
一粒一粒の砂が、ここ数日、強さを増してきている陽の光を受けて眩く、目に痛いほどである。

見渡せば簡素も過ぎるほどの亘り二間少々の小庭に座して、砂の美しさを楽しんでいた。
(これだけの間があれば十分・・・過ぎるであろうな)
諦観して苦笑する弥平も、座主の力量は既に承知している。

左傍らの木剣は、弥平の自作のものである。
荒んだ剣の交わりばかりに付き合わせてきた。
(こいつも佳きものが見れれば本望だろう)

つい数日前の立会いで付いた傷が目に入った。
平素の通り・・・のはずが、意外や腕の立つ者であった。
彼の立会いは、古の書画を楽しんだ剣豪のそれとは異なる。続き、こちらにおります

斬影−庵に(3)

二階の部屋にしては足元は心地良く安定していた。
大小を部屋の奥側に横たえ、弥平は並んでゴロリと仰向けに天井を見つめた。
夜の準備を始めた階下の快活な様子が、僅かに開けてある襖の風に、早速に乗り行り始めてきた。
陽は既に大きく傾き、ピンと張られた障子も薄く朱色に染まり始めている。続き、こちらにおります

斬影−庵に(2)

(ふん・・・斬れぬ剣ほど喋るものよ・・・)

如何ほどの場数を越えてきたことか、見つめる弥平の手は節太く、剣術家というよりも野良仕事に明け暮れたもののようである。
しかし、ろくに剣も握らぬままに御託だけは大層な名人の数々が、この野良手の下に呻いたのも事実である。
その自負こそが、数日後に脂汗に変じることになったわけだが・・・続き、こちらにおります

斬影−庵に(1)

弥平の眼は動かなかった。動かせなかったのである。
座主の手の一方は脇息に、一方は腿に、不自然な自然さで置かれている。
対してより微動だにしない、その手が全てであった。
弥平の手も座主の一方の手と同じく腿にあるが、脂汗で腿と一体になったかのように張り付いている。
込み上げる震えを息で押さえ込むのが精一杯で、それでも大したものかもしれぬ。続き、こちらにおります

2006年02月18日

汚れちまった悲しみに・異聞

綾見さんのブログには、必ずと言って良いほど(というか、必ずか?)中原中也の一文が載っている。
その都度、瞳に映る中也は、やはり詩星と想わずにいられない。
ところで、私は、あり得ない読み方をしていたことに気付いた。
著名な詩、「汚れちまった悲しみに」である。続き、こちらにおります

2006年02月17日

鬼平犯科帳

今日は珍しく「鬼平犯科帳」のスペシャル!!
ということで楽しんで見てました(笑)。

私は、何故か本より先にTVで見てしまったのですね。
ちょっと残念な気がしないでもない。
続き、こちらにおります

2006年02月16日

散り、散り

足音を忍ばせてトイレに向う途中
 静かに静かに周囲を暖めるランプがポツンと

裸電球を安っぽい薄紫のガラスで包み
 どこの工場で量産されたものだろう続き、こちらにおります

2006年02月14日

秋桜

なんとなく、今日は山口百恵さんの「秋桜(コスモス)」のメロディーと歌詞が頭に浮かんで仕方なかった。
彼女が引退してから何年になるのだろう?
参考)
秋桜/いい日旅立ち/さよならの向う側 [Single]続き、こちらにおります

蛍火

スン、スンと光跡が交差する
月のない静謐な夜でした
星もない静謐な闇でした

天地も危い闇穴に
それでも立っていられるのは
なんとも不思議な気持ちがします続き、こちらにおります

2006年02月13日

はる

すこし あたたかくなってきました
ぽかぽかの おひさまは いいきぶんです

どうろも あたたかくて きもちよさそうです
ごろんとねたら ねてしまいそうです続き、こちらにおります

2006年02月12日

踏み切りの傍に咲く

昭和40年代の板橋というと想い出に残る人すら少ないらしい。
今では賑わう高島平にようやく路線を伸ばした都営三田線も、当時は地下からようやく這出た車両の休憩場として森閑とした駅にポツリと泊まるだけであった。
その一つ手前に西台という都営団地を擁した駅があり、我が祖父母の終の住みかは、新都市の不思議ないびつさを幼心に残したものである。続き、こちらにおります

あやかし。文字(もんじ)と戯れて。

こうして再度、書き始める前。
一度、書きたい想いを、ただツラツラと書き始めた頃のことである。
数ヶ月で書くことを止めた事がある。
いや、これからすらも、いつ途絶えるかは分からぬが。続き、こちらにおります

2006年02月09日

眩い朝陽に立ち昇る雲霞にも無関係に
 天の大方は無限の視野を広げている

その先に何があるのか
 人は気になって仕方なく
  飽くなき追求をし続けています

雲は水塵の集まりなのですね
 星は遠くにある太陽なのですね
  いずれ太陽もなくなるのですね

それでも今は、ほら
 ぽっかり奇麗に浮かんでいるではありませんか
  気をつけないと見失ってしまいます

蒼天の月は
 それは何故