2005年01月02日

布団

どこからともなく高い音は響くも静かな夜には、
ランプに照らされたアスファルトが縮こまっている

遠近の灯りは楽しげに見えるものの
足裏から上がった冷えで腰までが鈍い

そろ悲鳴を上げた猫背を勇気を振り絞って伸ばせば
透明な空気を響かせて、星は光る

幾千光年の果ての劫火の光も凍てつくばかり
集い照らす路地も儚く闇を開き
視力を飲み込まれて眩暈するばかりとは

たどり着く階段の響きすら耳に痛く
急にシンとする人ざわめきに現実を知り
氷割りを共にした靴と足は別れを惜しみ痛む

点す蛍光管はチカチカと挨拶はするけれど
自分の役目に徹し始めると相手もしてくれぬ

主のみの孤独な部屋に暖も中々には行き届かず
見知らぬ人々の喧騒を電波越しに耳しつつ
黙然と炎を眺めるしかない

朝になればと想い、寝具をめくれば
空腹の身を燃やせと せっつく

暖かい夢は こうしてこそ生まれるのかもしれぬなどと
誰も付き合わぬ一人ごちを聞かせられた今宵は
またも勝手に更けてゆく

まっく記 at 23:12 記事全文
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この記事へのコメント

1. Posted by 風 薫   2005年01月03日 00:50
日本の自然主義文学者と称される作家に、田山花袋というひとがおります。『田舎教師』とか、そう『蒲団』、『破戒』の島崎藤村とかとひとくくりにされやすい作家なのですが、ちなみに『破戒』は明治三九年、『蒲団』は明治四〇年に書かれております。自然主義文学者達は、好んで身辺の煩瑣な出来事を書き、そしてタイトルも非常に平易な一文をつけました。ちいさい時分、『蒲団』とは一体、どんな小説なのだろうと読みましたところ、非常に退屈で(笑)、抑揚の無い文体でした。されどのちに彼らのあとを受け、日本文学は成熟してくる。田山花袋の一文よりかは、僕には非常に感慨を抱かせてくれる、まっくさんの詩文と想います。風でした。
2. Posted by まっく   2005年01月03日 15:08
風さま
大変なご高評に脂汗が滲んでおります。

花袋、藤村ともに読まんとすれども書枕と化していたような(汗)。「破戒」は、テーマの関係もあるかと想いますが、スピード感というか切迫感というか、そのようなものに引き込まれた記憶があります。

当たり前の日常をコトバで探るのは、かなりハードな作業のようです。「渡鬼」にも託すものもあるのだろうな、と分からぬボンクラまっくは嘆くばかりですが(苦笑)。

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