2004年12月23日

さわやかラベルとマゾ女と

とある若き友の秘めたる悩みの一つは
「さわやかイメージが先行して女性が安心してしまい、
 機を逸してしまう」
ことだという。
「まぁ、妙齢の女性に可愛がられるから良いではないか」
とは励ましにならない。

男にとって、ある種の「さわやか」「優しい」というラベルは、
確かにひどく迷惑なことがある。
特に若い時は、清き恋心と醜悪な性欲がないまぜにになっているのが、
多くの男の共通項ではなかろうか?
中高年に至れば、清き恋心は想い出のうちに遠望するのみである。

一方で、己の性欲のままに突っ走る輩もいる。
学生時代、友人の知っている人間がその手のタイプだった。
いつも複数の「ヤリタイ」時にヤレル女性を抱え、
ヤルために生活があるかのようなタイプだった。

友人から伝え聞くその模様には、その男自身の酷さ弱さもあるが、
その向こう側にいる女性の「マゾ性」もまた、見え隠れしていた。
ある種の女性は、確かに悲劇的状況(?)を与えてくれる男を、
意識してかせずか、あえてとしか傍目には言えない「選ぶ傾向」がある。
組み合わせの妙でもあるが、他人の介在し得るものではないところ。

まこと不可思議な男女の妙である。
「男と女の間には」とは昔歌ではない。
いつまでも続く永遠歌なのであろう。

私?
私は自分に正直なので、「したい」と想った女性には、
その想いを一杯詰め込んで、
「今度、一杯行かない?」
と申し上げるようにしてます(した)。

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