2004年12月21日

陰陽と女性時代

「易経」という書物がある。
現代でも解読可能なものとしては世界最古典の書物。
中国思想の源泉であり、その影響は甚大なものだ。

本年の今日21日は「冬至占」と言って、古来、
「君子不占(「君子占わず」)」の原則例外として、
「自分の時」を知るために謙虚になって筮(占果)に傾聴すべき日とされて来たという。
(詳細は「亞の玉手箱」にて)

そんなわけで、本日は易占いのために精神統一。
といっても、私の精神統一たるやボーッとするだけなのだが。
易占いは森羅万象、曼荼羅の現れでもあり、
その「現れ」は無心になって初めて形を成す。

その結果はさておき、易の基本には「陰陽」がある。
男女で言えば男性は陽、女性は陰。
であるからして、男性の道具を「陽物」といい、女性の持ち物を。
ということになるようだ。

「陽」の性質に立ち返ると、「物」を追求するのは、
女性からするとバカらしく想われることもあるかと想うが、
むしろ男性の自然の性なのであろう。

私も、そういう意味では本質的には「陽だらけ」の方だ。
堀江氏の過激な発言も、頷けることは非常に多い。
「陽が強過ぎる」とは、よく言われたことだが、
反面、タイミングよく「陰(精神面)」で女性に幾度となく救われている。

しかし、時代の流れを見やると「陽」の時代は転機を迎え始めた気がする。
それは女性の社会進出という「形」からではあるが、
その低層に流れている本質は「陰」への転化にある気がする。

元来、男性優位の社会・時代は当然ながら絶対ではない。
物質的な世界において、初めて男性は生来の性質を十分に発揮し得る。
しかし今、その物質的な世界での価値判断に、
諸所で「揺らぎ」が生じているのは誰もが感じていることだろう。

それは陽の化身とも言える堀江氏の発言、企業動向にも見て取れる。
「物」より「サービス」重視というのは、
陰陽の考えで言えば陽から陰への転換と言うことになる。

といって、急激に「陰」一様になるわけではない。
時代は、時に急変するようで、その本質は急変することはない。
やはり変化が目に見えるようなハッキリとした体をなすまでには、
一国内のことであっても数十年、世界的な規模では百年はかかると見てよい。

私はフェミニズムに興味はないが、そういう観点からの「女性時代」には興味がある。
我ら男性は、自らの雄雄しさを十分に発揮するだけでなく、
また女性は、自らの鋭い感性で野暮な男性をやり込めるだけでなく、
相互にパートナーとしての十分な敬意を持って接するべき時代になりつつあるのかもしれない。

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この記事へのコメント

1. Posted by 亞   2005年06月10日 15:35
まっくぅうさぎ様

書いてくれてたんだ・・・ありがとう。

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