2004年12月14日

脱糞と浣腸と

表現対象と表現者と表現結果と鑑賞者。
表現結果は常に表現者と鑑賞者の間で揺れている。
語り尽くされた「メタ」。

何のために書くのだろう?
書かねば出処を失うもの。
出処を失ったとはいえ、何故にそれほどに苦しめる?

と、ポツポツと「形」にされるお前達は、まさしく糞でしかない。
書くと言えば格好が良い脱糞行為。

脱糞の強迫観念からか何故か、浣腸までして糞をする輩も。
そんなにまでして脱糞から逃れられないのは何故だ?
糞は糞。

喰ったはいいが、どうせ消化し切れていない糞。
喰わなければ糞しない苦しみから逃れられるのか?
消化し切れる手立てが何かあるのか?

醜く肥えた下っ腹から、今日も糞が出る。
屁も、出る。
嬉々として、出る。

まっく記 at 23:34 記事全文
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この記事へのコメント

1. Posted by 回廊   2004年12月15日 08:50
アルチュール・ランボーが、いちばん多く書きつけた文字は、「糞」だそうです。
「世界は変わらない」と言って表現活動に見切りをつけたあと、じつに過酷なビジネスの旅に出て、足を失くしました。
表現してもしなくても、「糞」にちがいない。
生きてること自体が「糞」かもしれない。
しかし「糞」は厳然としてここにある。
滑稽なほど、厳然として。
2. Posted by まっく   2004年12月15日 14:10
回廊さん、こんにちは。

そうですか、ランボーがそのように。
私にはスカトロ趣味はないですが、
「糞」というのは考えさせられますね。

連鎖する糞の連鎖かぁ。
美しく「世界は糞だ!!」と謳いあげてみたい衝動が。

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