2006年07月18日

新居、準備中

只今、新居、準備中です。

暫しは行ったり来たり、同じもの。
いずれは何処に戻り行く。
やがて地平の蜃気楼。

今後とも宜しくお願い致します。

追伸、
デザインが気に喰いません。
いじるのも面倒です。
落書だけが書いてあるような、
うるさくないの、お薦めあったら御意見下さい。
どうせ私が汚してうるさくなるので(笑)。

グライダア

木漏れ陽が風を受けて揺れている
手かざした先の太陽は、柔らかく微笑んでいるかのようだ
期待に胸が、ドンドン膨らんできた

早みゆく足並みに、早くも手の中のグライダアが
グライダアの翼が空気抵抗の中で踊っている
その手応えが あまりにも愉快で
愉快でたまらなくて走り着いた河原

背高い緑が広々となびいている
キラリ、キラリと光放ちながら

さあ、君の出番だ

手放ったグライダアは、それはそれは素晴らしく
素晴らしく素晴らしい滑空を続け、
やがて遥に浮かぶ雲目掛けて滑空し続け始めた

揺れる翼とグライダア・・・

今、君は飛んでいる
消え行くために飛んでいる

翼は飛ぶためにあったのか
翼は消え行くためにあったのか

分からぬままに陽は傾き、土手の風を受けながら
グライダアは翼なのか翼がグライダアなのか
翼のないグライダアは何処に向かうのだろう、と考え続けた

そして気付いた時には夕陽に向かい、
きっと、それはそれは見えぬほど小さいに違いない自分の後姿を想い浮かべながら
何か愉快な気分で空気抵抗の中を進んで行った

2006年07月17日

なんにもない

「なんにもない なんにもない まったく なんにもない♪」
やつらの足音のバラード 作詞:園山俊二

叫んだ声(吹き出し)が「物体」になって砕けて落ちる。
言葉がしゃべれない毛むくじゃらのドテチン。
食卓に並ぶのはマンモスの巨大生肉。

「はじめ人間ギャートルズ」というのは、今更ながら変なアニメだった・・・
し、何も分からない年頃のはずなのに、
毎回、飽きず見ていたこのアニメは何故か強烈に記憶に残っている。
続き、こちらにおります

2006年07月14日

言葉 概念 感情 人:リベリオンの限界

昨日、ガン・カタ(型)を謳い文句にする「リベリオン」を見てました。
アクション自体は面白かったですね、やっぱり。
というか、余程のものでなければ、アクションモノは楽しんでしまいますが(笑)。

この「リベリオン」、第三次世界大戦後の世界を舞台に、
「戦争の源」を人間の過剰な感情に基づくものとして作られた「平和な」世界、
その世界への抵抗と解除の物語、と簡単には言えるでしょうか。続き、こちらにおります

指輪の中

久し振りに、その駅を過ぎた。
 何年・・・いや何十年になるのかな・・・
そんな想いで、つい視線を走らす自分に苦笑が絶えない。
数分後、よくよく考えてみたら、
「今、目の前を素通りされても分かりゃぁ〜しねぇんじゃねぇか?」
と想ったら、余りに滑稽で涙腺が緩んでしまった。
悲しい・・・とかいうのとは違う。
ただただ、涙腺が緩んだだけ。続き、こちらにおります

2006年07月10日

真夏の調べに

当時の私は、我ながら厭きれ返るほど先行きどうなることやらという状態で。
全くに今更ながら、何を考えてたんだろうと想う。
「野垂れ死にしたって、大して後悔もしそうにないや。」
そんな想いが常に心中に渦巻いていた。
続き、こちらにおります

サラバと笑顔で立ち去りたいから

彼は言葉を拒否した。
コメントさせて頂いた回廊さんのブログの一節。

予め丈さん、貴方が気になさるようなことは一切ないです。
個人的な、あまりに個人的なことなのです。続き、こちらにおります

まっく記 at 21:17 記事全文

my imitative nude | 書く

2006年07月09日

浮遊する死の隣の怪人:美城×まっく

高校時代、私が足繁く通った一つは地元の古本屋であった。
当時、剣道部に所属、激しい稽古をしていた私は大食漢で有名だったが、
昼食を抜いて小銭を貯めては買う一冊、一冊を貪っていた。
成績は、当然ながら芳しいものであるわけはない。

ある秀才の友人には、私の行為(?)は余程に不思議だったらしい。
とにかく一日中、黒板に目を向けることなく、飽かず濫読を繰り返す私に「何を求めているのか?」というような問いを何度も発したことがある。
とにかく私も、何かを知りたかったのは確かだったのだろうが、そんなことが分かっていれば読書などしないのかもしれない。
今となっては、そんな気もする。
続き、こちらにおります

2006年07月07日

慟哭の背中

お前の考えてることなど分からいでか
 お前は、俺に よく似てる

ぶっきらぼうな その言葉に一葉の写真が透ける
続き、こちらにおります

孤独の北:美城×まっく

「銀河鉄道」を編んだ宮沢賢治を生んだ岩手、いや南部。
私は、高校時代に不思議な感銘と誘惑に駆られて友人と二人、
「遠野物語」を携えて本州北端の地から三陸を下り、遠野を中心に長旅をしたことがある。
続き、こちらにおります

身体喪失

kairouさんとの遣り取り、その脱線話を通じて日本(知識)人は「知性」を失った、というよりも「身体」を失った、というのが適切な気がした。
人は、いかなる状態にあっても身体を離れては存在し得ない。
(ただし空中に朧に浮遊している存在を除く)
このことは、知的作業と一般に言われるようなものでも全くに同一である。
近代における知の巨人、南方熊楠は、そういう意味でも本来的な知の在り方を直観か知性かによって理解していたという点でも偉大な人だったと想う。
続き、こちらにおります

2006年07月06日

極点の炎

極北の天はほむら駆け巡るという
まさにそのとき、極南の天にも炎は荒れ狂うという続き、こちらにおります

2006年07月04日

銀河鉄道の夜

今まで、こうしてツラツラ書きながら、何故に考えもしなかったのか?とも想ったのですが、私の読書人生(?)は至って変わったものだったなぁ、と再考。
機会を与えてくださったのは、そう、丈二さん続き、こちらにおります

2006年07月03日

タライ

今日は流れに任せて、少し書き過ぎのきらいが。
また冬眠に入ってしまわないか?と不安に想いつつも、
しかし、この記事は書かなくてはならないか、と今少し。
続き、こちらにおります

紫煙の向こう側

自販機の前に立ち眺めると珍しいパッケージが目に入った。
キャメル色のソフトケースには、斜文字で「Captain Black」と刻まれている。
併せて「SWEETS」という装飾文字。続き、こちらにおります

ライオン・キング

現役を退いて数年の父は、母のキツイ言葉にも柳に風と成り行くことも多くなり。
それでは済まぬのか「・・・ねぇ?」と息子に振られても困る。
「夫婦のことは子供でも分かりません。
 故に私目の意見は控えさせて頂きます。」
と早々に退散するばかりである。続き、こちらにおります

2006年07月02日

丘の上では目を閉じて

強く握り過ぎたから 私の指先は少し痺れて
だのに彼方は振り返りもせず息を切らせ
丘に行こう、素敵な丘に!
続き、こちらにおります

交わらぬ女体と男体

「男は女の道具だ」なる題にて書いた有名な小説家がいた。
そういう見方も出来る。
し、センセーショナルでもあり、
題を見、斜め読みしたのみながら巧く書いたものだとは想ったが、
あまりに実感に遠く、苦笑いするしかなかった。続き、こちらにおります

2006年07月01日

愛しています、今でも

連なり たゆたう 木陰
光 滑らかにして煌めき

時同じくして 好むままに綾織り
好むままにして 流れ同じくし

岩を撫で うおを愛で
冷たく仲間を増やし 穢れた仲間を加え

時に仲間を蒼天に召し上げられ
時に仲間を地深く引き込まれ

何処へ 何処へ 何処へ・・・

皆で問い合い続けているのに
こんなに永く問い合い続けているのに

誰も答えを知らない
誰も答えを見つけられない

今日もまた 木陰は揺れている
今日もまた 光は煌めいている

2006年06月30日

ひとり都のゆふぐれに

「ひとり都のゆふぐれに・・・」

回廊さんの記事を読んでいて、鹿児島の祖母、そして室生犀星の詩を想い出した。
「異土の」で検索したら綾見さんのブログが。
不思議なものです。

私は、厳密には郷里を持っていません。
父方の血族こそ鹿児島は知覧の地に根を下ろしておりますが、
15で鹿児島市内に出た父は高校を卒業するや上京し、今の私を持つに至ったわけです。
それでも、やはり私にとっての郷里は鹿児島です。続き、こちらにおります